フラワーエッセンスの「怪しさ」の正体
フラワーエッセンスを知らない人が最初に抱く感情ではないでしょうか。僕もそうでした。

なぜなら、無味無臭で成分は「水」であり、花の波動を転写した花の波動水と言われて怪しく思わない人の方が少数でしょう。
そして最初に間違われるのが「アロマではないか?」ということ。これは明確に区別すべきであり、アロマとは全くの別物となります。ゆえに、先ほどの疑問と感情が余計に湧くわけです。
さらに言葉に「波動」と出てくると連想されるのが新興宗教の方も多いことでしょう。実際に僕のクライアントさんにも家族に説明するとそのように誤解される話を耳にします。
当然、決してフラワーエッセンス=新興宗教ではありません。
フラワーエッセンスは、自然療法の1つと定義するのが妥当となります。
また、日本では医学や医療行為ではないのもここで整理しておく必要があります。
※ただし海外では、医療として活用もされています。
このように日本では馴染みがなく、怪しいものと思われるフラワーエッセンス。そこには上記のような理由があるからだと思われます。

科学的根拠が示せない
さらに掘り下げると「怪しさ」には科学的根拠がないからとなるでしょう。
科学的根拠とは数値化され再現性のあること。ただし、フラワーエッセンスには数値化できるものでも再現性があるものでもありません。
シンプルに言うと人の心を数値化したり、毎回同じ心の状態にすることができないことと同様です。そこに物質がないからです。もし、心を物質化できる人がいたら別ですが……。
なので、世間的な言い方をするとあいまいな自然療法を使うより、ちゃんと薬を飲んだ方がいいとなります。さらに科学的根拠がないものに陶酔することは危険だという解釈も生まれます。
この点について述べていくと、前者のフラワーエッセンスより薬の服用ですが、僕は薬を使うことは否定していません。当然、現代医学もです。
人類が培ってきた知識と経験と犠牲の上に成り立つ偉大なる学問であり技術であります。それに携わる医療従事者には尊敬の念があります。
その上でフラワーエッセンスの必要性を説きます。
医学と自然療法
医療は完全ではないのは明白です。
治せない病気が多くあります。その分、苦しむ人がいるのも確かです。
39歳でうつ病になった時に通院では完全回復せずに、今に至るまでの決め手となったのはフラワーエッセンスでした。
つまり、医学とフラワーエッセンスの併用こそが現代社会には重要だということです。
これは、薬や治療という物理的なアプローチとフラワーエッセンスという心へのアプローチの両面があってこそ望める回復だということです。
特に精神的な病気においてはフラワーエッセンスの必要性は大きくなります。
もちろん肉体的な病気においても「病は気から」という言葉もあるように、すべては精神状態が影響しているとされています。
その点は、医師でもありフラワーエッセンス開発者のエドワード・バッチ博士の著書に明記されています。
科学的に根拠はないが、体感として感じることができたのですが、人に説明し選ぶというセラピストの立場としてどう伝えるか?という難しい問題に突き当たりました。
そして、それはこの場でフラワーエッセンスの魅力を語る上でも同様の難しさです。

特徴表示説という根拠になる可能性
その「怪しさ」という闇を照らす一筋の光は、特徴表示説にあると僕は思うのです。
これは何かというと、フラワーエッセンスのもとになる植物の特徴からフラワーエッセンスの気質を読み解くものとなります。
つまり、黄色い花なら「愉快で明るい」「無邪気な感じ」「幸せ」という誰もが連想するような表示から、そのような波動があると捉えるのです。
これがあることで特徴が1つの根拠になりうる道筋ができると。
もちろん、それが科学的根拠になりえないのも承知です。
特徴表示から読み解いてもそれはその人の感覚に過ぎず「それってあなたの感想ですよね?」という有名な言葉で話は終わります。
ただ、それでも何もないよりはこの植物の特徴が「怪しさ」を払拭するものになる可能性があります。
なぜなら花はそれぞれ美しいし、木々は逞しさや清々しさがあります。そういう気持ちにさせてくれるのは確かなのです。
その波動が込められた水というだけで、ただの水から自分の心を整えてくれそうな予感になるのです。
そしてそれを言葉で説明する際にも特徴表示があることで明確になるのです。

受け取る側に判断を残す
一番大事なことは、フラワーエッセンス問わず、ですが、相手に干渉しないことです。
どんなに良いものも相手に無理やり届けるのはその人の人生に余計な口出しをすることになります。
フラワーエッセンスがどんなに禁忌事項がなく無害で安全であっても例外ではありません。自分のエゴで相手に使わせるのは望ましくありません。
また相手が疑いなく依存気味でこちらに委ねてくる場合も同様です。その場合は、こちらがしっかりと相手の判断を促すアプローチが必要となります。そうしないと人に依存ありきの人生になるからです。
そうならないために相手に対して常に自己判断の余地を残すことが最重要となります。
そこでも重要になるのが特徴表示説です。
指標のみで言葉だけで相手にフラワーエッセンスを選び伝えるより、植物の特徴を持って伝えることで相手に考える時間が生まれます。
「自分にその植物は関係あるのか?」「華土 佳が言っていることを信じて良いのか?」
この疑問が自分の判断に繋がります。
そして、納得した上でフラワーエッセンスの使用を自身で決めたときに、依存や干渉がない行動となるのです。

内なる氣づきへ
そこには内なる氣づきへ繋がる道ができた証でもあります。
自分で納得して受け取る判断をしたフラワーエッセンスです。
それを使って感じられた変化は自身が望んだ変化です。
植物の特徴があなたの特徴と相まって、より本来の生き方に導かれるのです。
これがフラワーエッセンスです。

いかがでしょうか?
薬とは全然違うアプローチであることがご理解いただけたと思います。
そして「怪しさ」こそフラワーエッセンスの最大の特徴でもあったのです。
それを掘り下げずにやめるか、掘り下げてみることでそこにある可能性に氣づくか?
それによって人生が大きく変わります。
そのご判断は、読者のご判断に委ねますね。
最後までお読みいただきありがとうございました。

