AIはインスタントラーメンと同じ

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はじめに

AIとインスタント食品はとても似ていると気づきましたので、その説明をしますね。
これを知ることで、AIの活用の仕方がより明白になります。

というのもAIの急激な進化と身近になったことでITを普段から使ってない方ほどAIとの向かい合い方がわからず知らぬ間に依存しているということになるのです。

たとえば、自営業で、告知活動のためにAIでブログを作っている方です。

簡単な手直しで投稿するという方は、依存度が高く
「本当にブログを書きたいのか?」
という問いに疑問が生じます。

なぜ創造するのか?

なぜなら、どうしてブログを書いているのか?

集客のため?
ならブログじゃなくても良いのでは?

あなたがブログを書く意味は?
そのブログを見て申し込まれたクライアントは、あなたが本当に伝えたいブログ内容をみてきたと言えるのか?
偽りの内容でクライアントと繋がっていないか?
そういうクライアントと良い関係を築けるのか?

AIを活用する際は、自分でテーマを決めたらそれを含めてプロンプト(指示)を入力します。
あとは実行すれば優秀なブログの記事を書いてくれます。

正直に申しまして、僕のような文章レベルであればAIで書いたほうが万人受けするものが書けます。
これはインスタント食品にそのまま当てはまります。

代表的なのがカップラーメンです。

好きな味を選んでお湯を注げば完成です。
誰でも食べられるおいしいラーメンの出来上がりです。

僕が丸一日、精魂込めて作ったラーメンよりインスタントラーメンの方が早くておいしいのは事実です。

AIとインスタントの比較

では、AIとインスタント食品の共通点を見てみましょう。

  • 制作工程が不要
  • 素材(ブログならエビデンスや文章構成、インスタント食品なら具材)を準備不要
  • 作業順序が不要

これらが大まかに言えることです。
なんて便利なんでしょうか。

もちろん、これがダメではなく素晴らしい一面でもあります。
これは個人的な用途なら、これで良いのです。

ただ、ブログのように誰かに見てもらうことが前提の場合にこれだと依存度が高すぎるのです。

どういうことかというと、自分で素材を選んで作業順序を考える工程をスキップしているので、そこに自分の伝えたい要素が不足しているのです。

また、把握できていないのです。

なので、出来上がったものに対して付け足そうとしてもほぼ完成しているブログに手直しできるのは、言葉のニュアンスぐらいで、内容はAIが生成したそのままになります。

それを読んでくれた人、クライアントさんに「よかった」と言われても嬉しいけどAIが作ったものなので、実感が湧きにくいのです。

また、よくなかった場合においても何を手直しできればいいのかわからないのです。
果たして、これを自分が作ったものと言えるのでしょうか?

何が必要なのか?

そこに何があるのでしょうか?
AIはカスタマイズすることで、素材や順序もある程度含めて生成可能です。

でも、自分で作ったものと比べて洗練されすぎていて、素人っぽさがないのです。
一見、良いように思えますが、ちゃんと素人っぽさがないと人間味がなくて愛着が湧かず読みたいと思えないものです。

読み取れるくらいの誤字や口説い言い回しが、好き嫌いを分けると同時に自分と似た読者と繋がることになります。
これは、リアルの会話と一緒ですね。

実は、必ずしも完璧でプロっぽいものって求めているとは限らないものです。

そして何よりもっとも大事なことは、この創造するプロセスこそが一番楽しいものであり、それをAIに任せてしまうのは楽しむ根本を手放しているということです。

単に結果を出すためや自分の知識の整理なら良いと思いますが、ちゃんと自分の思いを伝えたいのであればこれは欠かせない工程です。

なぜならそれが不要ならそもそもブログを書く意味はなく、なぜ書いているのか?
という根本に行き着くからです。

創造のプロセス

僕らは、ブログだけでなく何事も創造には、

  1. 何を作りたいか?(テーマ)
  2. どんな要素が必要か?(素材)
  3. どういう順序か?
  4. どういうバランスにするか?

が必要不可欠です。

これはアウトプットする時に言えることであり、逆に情報をインプットする時にも必要な工程です。

例えば、おいしいラーメンを自分で作れるようにするには、そのラーメンの素材、入れる順序、味のバランスを分析できるからこそ、自分で再現できるようになるのです。

これが創造の必要要素なのです。

それが分かった上で簡略化したインスタントラーメンが作れるわけで、最初からインスタントラーメンは存在しないのです。

ちょっと飛躍しますが、旧約聖書の創世記にも通じるものがあります。

初めに、神は天と地を創造された。地はむなしく何もなかった。闇が深淵の上にあり、神の霊が水の上を覆うように舞っていた。神は仰せになった。「光あれ」すると、光があった。神はその光を見て善しとされた。

引用:聖書―原文校訂による口語訳 フランシスコ会聖書研究所 

こうして7日間かけて創造の業を終えたのです。(7日目は休み)
神は、この世界をインスタントのように3分で作らなかったわけです。

ちゃんと創造のプロセスを経ていたわけですね。
僕ら人間もこの創造のプロセスを楽しみながら、AIを有効に使って行こうじゃありませんか。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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